「目から鱗」に目から鱗

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息子の高校の夏休みの宿題は、独特な気がします。

 

美術は、自分が好きな絵画を取り上げ、その時代背景を調べ、作者の意図など自分なりの考えをレポートにまとめます。絵を描く、工作を作る・・・わけではないのです。

 

 

ミッション系の高校なので、キリスト教概論の宿題もあります。そのため、聖書も持ち帰りました。田巻もミッション系の高校出身なので懐かしく、久しぶりにパラパラとめくりながら、今になって真剣に読みたくなりました。

 

息子の高校は3分の2が帰国子女で、先生方も独特。いろいろな話を聞くたびに、目から鱗が落ちました。

さて、「目から鱗が落ちる」という表現は、まったく新しい発想を得るときに使われます。

・今までわからなかったことが、急に理解できるようになること。

・迷いから覚め、物事の実態がわかるようになること。

不思議に思っていたことが、ある瞬間に納得できた時などに使います。

 

日常の幅広いシーンで使われていますが、想像してみてください。目からコンタクトレンズではなく、魚の鱗が出てきたら・・・怖いものです。

 

「見ていたつもりが、何も見えていなかった」という心境を、まるで薄いフィルターが両眼に貼りついていたかのようだとする隠喩表現です。

 

様々な言葉を調べる際、仏教にたどり着くことが多いのですが、「目から鱗」の由来は、なんと新約聖書でした。

 

使徒言行録にこんな一節を見つけました。「すると、たちまち目からうろこのようなものが落ち、サウロは元どおり見えるようになった」。

まさに、目から鱗でした。

 

 

「サウロの回心」というエピソードに出てくるフレーズで、実際に手元の聖書で見るのは感慨深いものがあります。高校時代、もう少し真剣に聖書を読み解けばよかったと後悔です。

 

 

大宣教師・使徒パウロは、サウロと名乗っていた時代には、キリスト教徒を迫害するグループのリーダー的存在でした。

 

 

聖書には、ある旅の途中でイエスの霊に遭遇したサウロが、強い光で3日間視力を失い、その後キリスト教徒の祈りによって開眼したとあり、そのときに「目から鱗が落ちた」と記されています。サウロはパウロと改名し、キリスト教の伝道に生涯をささげたと言われています。

 

そこから「迷いから覚めて物事の実態がわかる」ことを目から鱗が落ちる」と表現し、使われるようになったそうです。

 

「目から鱗」と省略されることも多いようですが、そのためか、本来の言い方ではない「目から鱗が取れる」と言う人もいるようです。

 

 

少し古い調査ですが、文化庁が毎年発表している「国語に関する世論調査」の平成19年度の結果で、「目から鱗が落ちる」が80.6%。「目から鱗が取れる」と答えた人が8.7%いました。

 

 

さて、本の執筆などでパソコン作業が多く、小さな文字がどんどん読みづらくなり、まさに、薄いフィルターが両眼に貼りついているいようなときがあります。

 

 

しかも、聖書の文字はめっちゃめちゃ、小さく・・・本当に、本当に、目から鱗のようなものが落ちてくれたら、どんなにいいでしょう。

 

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