風薫る五月、新緑が目に鮮やかな季節となりました。気がつけば、世間ではゴールデンウィークのようですが、いかがお過ごしでしょうか。

さて、「風薫る」という言葉は、このように時候のあいさつにも使われます。

このゴールデンウィーク、田巻は、大学の授業も通常通りにあり、ニュースももちろん休みがあるわけでもなく、研修準備にも追われ、通常モードの毎日を過ごしております。そんななかでも、「風薫る」という言葉を使うと、忙しい毎日に彩りが生まれる気がします。

「風薫る」は夏の季語で、漢語の「薫風」を訓読みして和語化したものです。「薫風」が元になっているので、「風香る」ではなく「風薫る」なのですね。

青葉や若葉の香りを運びながら爽やかな風が吹くことですが、平安時代には花の香りを運んでくる春の風を指して使われることが多かったようです。しかし、江戸時代には「風かをる」として和歌や俳句に登場し、初夏の頃に吹く涼しい風の意味として使われるようになりました。

では、青葉や若葉の香りがする「薫る風」のもとは？

それは、フィトンチッドと呼ばれる、植物から発散される芳香性の微粒子です。森林浴のリフレッシュ効果でもよく聞く言葉なので、ご存じの方も多いでしょう。

ということは・・・「風薫る」は、具体的には「フィトンチッドの香りがする風」ということですね・・・やはり、「風薫る」にしておきましょう。

「風薫る五月」と書いておきながら、風も空気も、匂いも臭いも、あまり意識していないことに気がつきました。森林浴でもしないと「風薫る五月」は感じられないのではないでしょうか。ふと、そんなことを思いながら毎日の生活なかで「吹く風」や「空気の流れ」を少し意識してみました。風や空気が、どんな薫りを運んでいるのでしょう。

晴れた日、ベランダで洗濯物を干しながら、青空を仰いで思いっ切り背伸びをし胸いっぱいに空気を吸い込んでみます。洗剤の匂いと共に、かすかな「おひさまの匂い」がしました。

ニュースを読んでいる放送局の駐車場で、葉桜になった桜の木を眺めながら大きく深呼吸してみました。残念ながら、すぐ近くの道路を走る車の「排気ガスの臭い」をとらえてしまいました。

夕方に神社と公園近くをウォーキングをすると、鼻孔を抜ける少し冷たい風を感じます。それは、一言で言うと「夕方のにおい」です。道すがら、ラーメンやさんから食欲をそそるスープのにおいもただよってきました。

五月の風や空気を感じても、残念ながら、「風薫る」とは言えませんでした。

都市生活の中では、風を意識することは少ないでしょう。実際には吹いていても、あまり生活と関わりがないと、気にとめることも少ないかもしれません。しかし農業や漁業にとって、それがいかに重要なものであるかは想像がつきます。風は雲をよび、農作物に欠くことのできない雨をもたらしますが、同時に強すぎる風は、計り知れない被害も生みます。

漁業や船を生活の糧にする人々にとっては、直接、生死にも関わることでしょう。

季節の言葉、つまり季語は、そういった昔の人々の生活の中から生まれ育まれてきたものが多いのです。風といっても、単なる物理現象だけを指しているのではありません。それにまつわる人々の微細な生活感情を豊かに含んでいるのですね。

風にまつわる言葉は「薫風」以外にもたくさんあります。これからの季節だと、青々と育つ稲の上を吹き抜ける「青田風（あおたかぜ）」、梅雨のはじめに吹く南風「黒南風（くろはえ）」が思い浮かびます。ほかにも、初冬に吹く北風の呼び名「木枯らし」などは、非常に馴染み深い言葉です。

風を表す言葉は数多いものの、風そのものは目には見えません。風に姿形はありませんが、さわさわと揺れる草木の様子、頬をくすぐる感触、障害物にぶつかって発生する風の渦の音、そして風が運んでくる薫り…それらによって「風が吹いているのだ」と知らされるのです。

さて、「風薫る」は、意識しないと感じられないかもしれません。今月、本当の「風薫る五月」を探してみてはいかがでしょうか。